(これは、単に私自身がなんか変だな~と思うだけで読んで頂いても価値はありません)
最初に日本に人がやってきた、3万年あまり前(と現在では通説になっている)、すなわち旧石器時代は狩猟の民だったようなので日本のどこに人が居ても別段不思議には思わない。
そう言う時代が2万年近く続いたあと、1万6000~1万3000年前ぐらいから始まって3000年ぐらい前までの縄文時代の遺跡、すなわち縄文土器が関東一円からも沢山出土している。
相模原台地からも多く出ているそうな。
そこでどうも腑に落ちないのが、相模原台地という砂埃の土地で、土器を作るいわゆる粘土があるのかしら?と言う点だ。
私は子供の頃大阪にいた。大阪では、どこを掘り返してもすぐに粘土質になった。
しかし、この相模原台地はどれほど深くほっても埃っぽい土でとても粘土質にはほど遠く土器の材料にはならないのでは?と不思議に思う。
そうすると、相模原台地で沢山出土する縄文土器の粘土はどこから持ってきたの?という疑問がわく。
いつかこの答えを見付けておくようにしよう。