Honda の Fit は欠陥品か?

Honda の Fit HYBRID に乗っていて実に気に入っている。

ただ1つ不足感は 1300cc なので高速道路ではパワー不足だ。

あともう一つあげれば、カーナビがかなり無茶な案内をしてくれるし、場合によったら、何キロも離れた全く違うところへ連れて行こうとすることさえあった。

でもまあ、これのおかげで知らない土地へ全く地図を気にせず走っていけるのはメリットが大きすぎる。

そのお気に入りの HYBRID Fit 君は、可愛そうに オカマ掘られて修理中で、今は、新型 Fit の代車に乗っている。この新型 Fit は1500cc あるので高速でも充分なパワーで走ってくれる。欲しい~~~。  んが、

つい先日までマニュアル車の乗っていたお爺ちゃんには、こりゃ欠陥品か?と思ってしまう。

まず、自動ブレーキ。

ピッピコ、ピッピコ。うるさい!!。

初めて鳴った時は、何事かと驚いた。勿論そのときは、何が起こったのか分からない。2度目3度目でやっと表示が分かってマニュアル本で確認した。当然、自動ブレーキが鳴ったぐらいだからシビアな状況にある。こっちも真剣な運転になっている時に、いきなりピッピコ、ピッピコ、鳴られてご覧、どれほど怖ろしいか。危険だよ。

しかも今じゃ乗るたびに鳴っている。いつ鳴るか。

有料駐車場に入る時、駐車券を取るのにバーが降りている。駐車券を取るとバーが開く。そこでアクセルを踏むとピッピコ、ピッピコ、鳴ってしかもアクセルが効かない。そのままアクセルを踏んでいると(バーが上がったので?)幾分加速気味に発車する。むしろ怖いし、危険だ。

運転者の思い通りに動作しない車は危険極まりない。

欠陥、2つめ。

コンパネやギアは電子式になった。

ギアは、どこに入ったかわかりゃしない。一番前に出しての バック と、一番手前の ドライブ はわかる。それ以外は分からない。ニュートラル?まあピンボールでも練習しないと入れられないのでは?と思ってしまう。パーキング?そんなギアは無い。ギアの前横に付いているボタンだ。指先でそっと触れば分かるかも知れないボタンだが、特に飛び出したりしている訳ではないので手のひらで分かる程のものでもない。それを、夜、駐車場についてライト消して、パーキングにしようとすると、ボタンがどこにあるのか真っ暗で分からない。

何でもかんでも電子式にすりゃ良いってもんじゃないぞ、アホ・ボケが~と言いたくなる。

ニュートラルままでパーキングにまだ入れていないのだからエンジンはまだ掛かったままなんだから、針の穴程度で良いし暗闇の中なのでごくごく薄い光で良いのでランプ点けておけ。と吐きたくなる。

まあ、我ら爺ちゃんから見たら新型 Fit は欠陥品か?と言いたくなる。

1500cc で快適な走りをして、内部は広いので良い車なのに残念至極。

 

ps; このカテゴリは、一応「9.お奨め商品」にしておこう。(笑)

 

 

 

全部火葬にして良いのだろうか?

今日は、すごいタイトルですネ。

イヤ別に身内に不幸があったとかではない。単に、現代の日本人、死ねば99.9%が火葬されて何も残らない、というけどそれで良いのだろうか?というお話し。

日本の歴史は、縄文時代、弥生時代、古墳時代と始まる。その縄文人は、台湾・沖縄からやってきて日本に定着する。そこへ今から3000年程前に朝鮮半島から稲作文化を持った渡来人が来て弥生時代となり土着の縄文人を九州南部と東北から北海道へと追いやって、各地に王様が誕生してその墓として古墳が作られるようになった、と言うのが一般的な説だった。

でもこの話はどうも納得しがたい。

確かに、弥生文化が日本中に広まったのは確かだが、どう考えても、渡来人が日本中を席巻したとは思えない、日本中の縄文人が弥生文化を吸収したに過ぎないのでは?ということをここのブログでも書いた。(2年前の、2013年10月24日 「日本人は、縄文人か弥生人か」)

ちくま新書 「骨が語る日本人の歴史」 片山一道 著   2015年5月10日 初版発行

では、上記通説が間違っている。となっている。

この本に書かれている点は、

縄文人の南方起源説はちがう。縄文人は、旧石器時代に陸続きだった朝鮮半島から、樺太から、もしかしたら沖縄方面からも流れてきた。(この点は、旧石器時代の本を書かれている安蒜氏の日本海回廊と話しは一致する)

その後、海進が進んで大陸から切り離された日本で、1万年?2万年?掛けて旧石器人は縄文人となった。

そして、3000年程前に稲作と青銅器をもって朝鮮半島から渡来人が来て九州北部と島根の一部、そして少しは瀬戸内海で住み着いた。けれど近畿までも到達していない。この一部の渡来人集落を除けば日本は全部縄文人の生活地だった。

と言うものだ。

全く納得のいく説明だ。

 

結局これは、旧石器人、縄文人、弥生人、古墳時代の人、それらの人の骨を調べていって分かったことだ。

まあ、1万年前とか、数千年前に土葬された人が、今頃掘り出されて研究の対象にされるとは安らかな眠りもあったものじゃないと思う。

そしてこれらの人の骨が、従来の学説の間違いを証明してくれる貴重な資料だ。

ひるがえって今、私達は土葬されることなく火葬されて何も残らない。

これで良いのだろうか?

私達のことは、事細かに紙やコンピュータに記録されて残って居る。骨を残す必要なんか有りはしない。

確かにそうだ。

確かに、今は、今が時代の最先端である。けれど数十年、百年後にこの21世紀初頭をみたらこんなレベルの低い技術で宇宙にロケット飛ばしたり原子力発電所を動かしていたのか?怖ろしい。となるに決まっている。アムンゼンの南極やマロリーのエベレストへの挑戦の装備を今と較べたら自殺行為に見えてきてしまうのと同じように。

もうあと数年で人工知能が人間を越えていくだろう。

DNA解析や細胞分析など人工知能が得意そうな分野だ。

「生命」が解読される時、そしてそれが応用される時、「どうして平成の日本人は骨をみんな焼いてしまったんだ?!」とならないか?

今はゴミでしかないかも知れないが、とっても貴重な資料になるかも知れない・・・

 

そんなことはない、「どうして平成のゴミがこの時代にまで取ってあるんだ?」と苦情だけか(笑)

 

 

あ~ショック、 雪 消えた

今年はどういう訳か夏から 「雪の穂高」  へ 行きたかった。

9月から、雪が積もればいつでも出かけられるようにとずっと心づもりをしてきた。

やっと先週、穂高は雪をかぶった。

でもまだ雪が少ない。もうあと一降り、と今週の雨天を待った。

読み通り、雨天がきた。

けど何この異様な暖かさ???

3000mの穂高でも、降るのは 雪 ではなく、 雨 だ。

折角先週積もった穂高の雪も融けてしまった。 ガーン。

今週末で 釜トンネル は冬期閉鎖されるのでもうバスは上高地まで入らない。

これでは3ヶ月近くまだかまだかと待った雪山には行けないヨ。

超ショック!!!