クライミング 朝練

久しぶりに ロッククライミングの練習場、 厚木 広沢寺 の 弁天岩 へ行ってきた。

それも、朝練で。

土日は混む弁天岩でも、月曜日だから混むはずもないのに 朝練。

まあ、気合いってとこで・・・

朝の四時、まだ真っ暗、横浜を出発する。

道路は空いているので、結構皆さん飛ばしている。

決して私が先導している訳ではない。

私は付いて走っているだけ(笑)。

50分程で広沢寺温泉の駐車場に着いた。

もうすっかり明るいが、今日は(今日も?)少し寒い(6℃だった)。

五時半に準備完了してフラットソール靴で登り始める。

ロープ操作を手抜きでやったら、下に引っ張られて登りにくかった。

それでも、1回登れば、あとはトップロープ状態で6本、都合7本を登って、8時までみっちり練習できた。

靴を履き替える時以外は、登っているか、懸垂か、休みはない。

かなりきついトレーニングだと思う。

人が居ないから好き勝手に振る舞える。だから中身が濃い練習になる。

 

山にはまだ雪のある季節なのでハイカットシューズでの練習が目的だった。

持っていった靴は、 スカルパ トリオレ プロ GTX だ。

気持ちよく登れた。

もしかしたら、フラットソール靴より楽かも知れないぐらいだった。

これならいける、と気をよくして練習を終了した。

 

ところで、ザックは、昨日買った mont-bell kitra-pack 40L に登攀具をボイボイとほりこんだ。

10.5mm x 50m ロープが入らないので(正確には、ザックの中に入れても収まりが悪いので)他の荷物もきっちり入れる気にはならなかったのだ。

往路だけでも一回使うとかなり雰囲気が分かったので、帰りの梱包はそこそこの形になった。

このモンベル キトラ 40L 案外いけるかも。

とわ言え、ロープを入れられないのは変わりないので、クライミング用には全く不向きだ。

大きさも、昨夜は30Lと変わらない、と言う印象だったが、明らかにそれより多く収納できる。

もう少し、使い込んだら、いいザックになるかも知れない。

でもロープは入れられないのは、あまりのも大きな弱点だ。

 

40L ザック購入

普段の山行きには カリマー リッジ タイプ2 30L のザックを使っている。

日帰りも、昨年夏の南アの小屋泊も、このカリマー 30Lだった。

でも、冬場は、防寒具等が嵩張るのでどうも30Lではかなり押し込まないと荷物が入らないし、入ってもテンコ盛り状態になる。

それで、40Lを購入した。

いくつかのお店で比較検討したのは、

・モンベル

グラナイト 40L

キトラパック 40L

・ドイター

ACTライト 40L

・ミレー

SAAS FEE 40L

・ブラックダイアモンド

(品名忘れた、クライミング用) 40L

・マムート

ヘロンクレスト 40L

・Arcteryx

Kea 37

と、見て回った。

Arcteryx の Kea 37 だけは実物を見ることができなかったが、多分、同系統のザックだと思われるのは見ることができたのである程度判断ついたし、この Arcteryx は高価な上に東京まで電車代払ってまで見に行くとますます高くつくので敬遠した。

どれも、一長一短ある中で、モンベルのキトラパックはずば抜けて良かったので、翌日、購入した。

なかなか良い感じだ。

で、先ほど、10.5mm x 50m ロープを入れてみた。

入らない!!

床面積が狭すぎ。

ガーン、最低の物を買ったみたいだ(笑)。

やっぱり、モンベルはハイカー専用の道具屋さんだ、と確信を持った。

まあ、夏の小屋泊にはきっと都合のいいザックなのでしょう。

ちなみに、このキトラパックは、テント泊にも不向きだよ。

 

う~ん、歳だ、山に入れもせず

連休直前、穂高の山々は 春 だ。

天気もすこぶる良さそうだ。

ワンデイで登ってこよう。

と、家を出たのはいいが、沢渡に着くまでの車の運転でかなり疲れた。

沢渡で仮眠したが、起きても疲れは取れている感じがせず、とても歩けそうにない、と帰ってきた。

またもや、沢渡までで引き返しになってしまった。

もう、車の移動だけで疲れてしまう。

そう言えば、先週の 御嶽山 も仮眠で疲れが取れていなかった。

歳だ。

 

昨年7月の 塩見岳 はうまくいった。

昨年の12月の 仙丈ヶ岳 も登頂こそ出来なかったが、かなり登れた。

 

やっぱりこのパターンでないともう無理なのだ。

歳相応に無理のない行動を、と言うことらしい。

反省。

 

 

 

リッちゃんに悩殺される

半年ぶりの MAX ライブを見てきた。

ドラマの面白さや第2部(夜の部)のライブの異常とも思える盛り上がり様など書き残したいことはいっぱいある。

その中で特にビックリしたのがリッちゃんだった。

元々、リッちゃんは色っぽいところがある。

今日、舞台に現れた瞬間、あの往年の美女優 ロッサナ・ボデスタを思い出した。

今日のリッちゃんは、あのロッサナ・ポデスタの魅力を全身からオーラを発していた。

実に綺麗だった。

ロッサナ・ポデスタ。同じイタリアの不世出のクライマーであり、旦那のワルテル・ボナッティと10年程前に来日して夕食会があって出たことがある。

その時、ロッサナ・ポデスタは70近かったはずだが、そんな雰囲気は丸でなく、ただただ綺麗だった。

そんなロッサナ・ポデスタも昨年暮れにワルテルを追うように永眠した。

今日のリッちゃんは、そのロッサナ・ポデスタの魅力を引き継いだかのような美しさだった。

 

ナナさんもミナコも、心から綺麗さがあふれていた。

これからの MAX 、ますます楽しみだ。

MAX ファンであることを嬉しく思うし、自慢もしたくなる。

 

また一人、山で逝った

5月の連休もあと半月ぐらいに迫ってきたので、そろそろ岳沢の小屋にも人が入り、ブログが更新されているかも、と覗いてみた。

そうしたら、事もあろうか、ブログの今年の第一番目の記事は、3月27日に鹿島槍で 野田賢 さんが滑落死されと言うものだった。

残念なことだ。

どうしてもこの時期、山では大きな存在の人が亡くなる。

2008年4月下旬に、東大スキー山岳部監督の新井裕己さん

2009年4月下旬に、京都府立大の伊藤達夫さん

2013年5月8日に、高山のセブンサミッターでテレマークスキーヤーの篠崎さん

篠崎さんを除けば皆さんお会いしたこともない、ネットやメールで知っている程度だ。

けれど、皆さん、それぞれに 山では大きな存在だった。

無念だ。

 

Dry plus のパンツ

「吸汗速乾素材」の Dry Plus のパンツを買った。

パンツ、と言ってもズボンの方ではなく、肌着の方のパンツだ。

生地の素材からして ブリーフ 系のパンツ。

やはりよく乾いていて気持ち良い。

Dry Plus、元々は、Tシャツぽい半袖シャツを着ていた。

「吸汗速乾素材」とあるように、夏の汗を素早く乾かして肌にはいつもサラサラで触れているという生地だ。

昨年の夏、これで3000m峰の南アルプスを歩いて実に具合良かった。

真夏の町中ではサラサラ感より、肌の温度になる生地なので暑い感じがするかも知れない。

それでそのまま衣替えのシーズンを過ぎても着続けていた。

冬の寒い日はユニクロのヒートテックを愛用しているが、フト気が付けば、このdry plus シャツと半々に着ていた。

そう、冬でもサラサラで肌の温度を保ってくれるので実に暖かく感じる。

この dry plus は、スポーツ品店の XEBIO = ゼビオ株式会社 (ヴィクトリアの親会社と言った方が通じるかな?)が売っている。「吸汗速乾素材」なので夏用の肌着として販売していて、3月一杯まで、すなわち冬の期間は、店頭にはあるのかも知れないが目立たない。それが四月になって目立つ位置で、しかも少し安く販売再開されていた。そしてパンツがあったので買ってみた。

先日、谷川岳へ登りに行った時にはいていた。歩き始め30分程は急登が続き汗ばんだ。

シャツもパンツも汗を吸っているのを感じた。

しかし急登を過ぎて緩やかな登りになってからは、シャツもパンツもすっかり乾いている。

綿のトランクスパンツなら、一度汗をかくともう乾かない。

この Dry plus パンツは乾いた。

そう大量の汗をかいた訳ではないが、それでも乾いたのは素晴らしい。

ちなみにシャツも乾いているが、こちらは finetrack の フラッドラッシュアクティブスキン という 高いお値段のシャツなので乾いてくれていないと困る。

Dry Plus は、そのシャツと同じ乾き具合だった。

Dry Plus は、素晴らしい。

 

ちなみに ヒートテックのような発熱素材、山では変ではないか?

歩いていて暑いから汗をかく、その汗で発熱する、何かイマイチ分からないんだよな、昔から。

 

最後に、 XEBIO さんにお願いしたい。

上記のように 冬 でも着たい。家でも山でも着たい。

長袖シャツとタイツ(パッチ)も販売してもらえないだろうか。お願いします。

 

 

 

あー 「岳人」

中日新聞発行の山岳専門月刊雑誌「岳人」が、この夏で廃刊になる。

「岳人」の名は、モンベルが買い取るので残るという。

モンベル?、だったら廃刊にして欲しかった。

 

学生の現役時代やOBになって暫くも、「岳人」に記録を出すことが、その山行の一つの評価だった。

当時の他の人の記録は、私なんかには遠く足元にも及ばないスゴイ記録ばかりだった。

そんな中に自分の山行も記録を載せることが出来ると大いに張り合いになった。

自分程度の技術でも行ける、未記録のルートを探す。正に重箱の隅を突っつくような話しだ。

今でこそ、山の天気が悪ければ「山は逃げない」と呑気なことを言って引き返せるが、当時は、今回引き返したら、その未記録のルートを来週他の人が登るかも知れない、とそうは簡単には引き返せなかった。

そんな訳で、悪天候の予備日ギリギリまで山中に残って、とうとう諦めて降りてきたら、クラブの本部では「遭難対策本部」を立てねばならないか、と言う状況にまで心配かけてしまっていたことをいまだに反省点としてよく思い出す。

「岳人」、その廻りには色々な思い出が残っている。

当時、「岳人」以外に「山と渓谷」という月刊雑誌もあった。

でも、「山と渓谷」は、ハイキングプラスアルファ程度にしか見えなかった。アルピニズムとは無縁の存在だった。山と渓谷社のアルピニズム誌は「岩と雪」だった。

今は、自分にアルピニズムなどという気概は微塵もない。

アルピニズムを追う人も少ない。

それは分かっている。

でも、そういう気合いの入った山行記録を読んでいたい。

それが出来なくなった、残念だ。